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岐阜地方裁判所 昭和29年(ヲ)134号 決定 1954年7月29日

申立人 近江絹糸紡績労働組合大垣支部

被申立人 近江絹糸紡績株式会社

主文

本件申立はこれを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

(一)  申立の趣旨

岐阜地方裁判所昭和二十九年(ヨ)第八九号立入禁止並びに業務妨害排除仮処分申請事件につき昭和二十九年七月二十四日なしたる決定に基く執行は右決定に対する異議申立事件の判決あるまでこれを停止する。

(二)  本件執行停止申立に対する当裁判所の判断

元来仮処分命令に対して上訴又は異議の申立があつた場合には原則として該命令に基く執行は停止せられないのであるが、唯該命令の内容が権利保全の必要を超えてその終局的満足を得せしめ、若しくはその執行により債務者に対し回復することのできない損害を生ぜしめる虞のある場合に限り例外としてその執行の停止を求め得るものと解せられる。そこでかかる見解の下に本件についてみるに、本件仮処分申請における本案訴訟は所有権並に経営権に基くその侵害行為の妨害排除であるから、本件仮処分決定が執行せられるにおいては被申立人に対し一応終局的満足を与える虞があるものと解せられる。然しながら被申立会社大垣工場における従来のいわゆる第一組合は第二組合たる申立組合に合流し同工場における操業を停止していることが認められるとしても、被申立会社が会社側職員を使用する等何らかの方法を以て操業を行うことも考えられないこともないから、その場合に起るべき妨害行為を緊急に排除するための本件仮処分はその必要の限度を超えたものとはいうことが出来ず又その必要性は未だ解消していないというべきである。のみならず申立人自身がストライキにより職場を放棄しているのであるから、本件仮処分決定の執行により申立人に回復すべからざる損害が生ずるものとも到底考えられない。その他本件仮処分決定の執行を停止すべき理由はないものと思料せられる。かように見て来ると申立人の本件執行停止申立は結局その理由なきものといわざるを得ない。以上の理由により本件執行停止申立は失当としてこれを却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 奥村義雄 小淵連 佐々木史朗)

【参考資料】

仮処分申請事件

(岐阜地方昭和二九年(ヨ)第八九号昭和二九年七月二四日決定)

申請人 近江絹糸紡績株式会社

被申請人 近江絹糸紡績労働組合 外五組合

主文

一、大垣市林町六丁目八十番地申請会社大垣工場のうち、別紙図面赤斜線にて表示せる各建物に対する申請人の占有を解き、これを申請人の委任する岐阜地方裁判所執行吏に占有保管せしめる。

二、執行吏は申請人の請求があるときはその保管にかかる前項記載の各建物を申請人及び申請人の指名する者に使用させることができる。

三、被申請人等は第一項記載の各建物に立入つてはならない。但し被申請人等の代表者は団体交渉のため、右建物中会社事務所内に立入ることができる。

四、被申請人等は申請会社役員、被申請人等組合員以外の申請会社従業員、申請会社と商取引関係に立つ第三者が申請会社大垣工場内に出入し、又は申請会社の行う操業並に製品その他の物品を搬出入することを実力を以て妨害してはならない。

但し右禁止は言論による説得行為及び団結による示威に及ぶものではない。

五、執行吏は以上の趣旨を公示するため適当なる措置を講ずることができる。

六、申請費用は被申請人等の負担とする。

(注、無保証)

申請の趣旨

一、大垣市林町六丁目八十番地申請会社大垣工場中別紙図面青線を以て囲繞せられた範囲内の土地並に同地域内の各建物(但し寄宿舍及び食堂を除く)に対する被申請人近江絹糸紡績労働組合大垣支部の占有を解き、これを申請人の委任する岐阜地方裁判所執行吏の保管に移す。

二、被申請人等は前項の土地並に建物に立入つてはならないし、既に右物件内に立入つている者はこれより退去しなければならない。

三、執行吏は申請人の請求あるときは前記保管中にかかる物件を申請人の指名する者に使用させ営業せしめることができる。被申請人等は申請人の右業務を妨害してはならない。

四、執行吏は以上の趣旨の実効を期するため適当の措置を講ずることができる。

理由

当裁判所の認定した事実関係並にこれに基く判断は左のとおりである。

一、争議の経過

申請会社は従業員約一万三千名(大垣工場は約三千二百名)を使用して絹糸、紡績等の業を営んでいるものであつて従来よりその労務管理並に労働条件は不備、劣悪なる状態にあつたが従前その従業員を以て組織せられていた労働組合(以下単に第一組合と略称する)は何ら右の如き労働条件の改善等に努力しなかつた。そこで従業員の中にはこれを不満とし自主的、民主的労働組合を組織しようとする機運があつたが、たまたま昭和二十九年五月二十三日大阪本社において全国繊維産業労働組合同盟(以下単に全繊と略称する)加盟の組合として新らしく近江絹糸紡績労働組合が結成せられたのを機会に大垣工場においても、同年六月十日従業員中千数百名を以て新組合たる近江絹糸紡績労働組合大垣支部(以下単に第二組合と略称する)を結成し、会社の手先である御用組合たる第一組合を即時解散せよ等人権擁護を含む二十二項目の要求項目を掲げて申請会社大垣工場長に要求したが、満足なる回答が得られなかつたため直ちに無期限ストライキに入つた。その後第二組合はその余の被申請人等の応援を得て争議体制を強化する一方、前記要求項目に関する団体交渉をすべて本社労働組合に委任したが、申請会社は新組合との誠意ある団交に応ぜず、これを延引して徒らに争議の解決を遅らせる一方、同月十二日、申請会社は第二組合に対して大垣工場のロックアウトを宣言し、別紙図面表示の個所に金網を張つてその表示とし、その他同工場内の数ケ所に書面によるロックアウトの掲示をした。かくの如く相互に対抗手段を強化しながら団交らしい団交は開かれないまま今日に及んでいる。

二、ピケッティング情況

第二組合はストライキに入ると共に第一組合員に対する第二組合への加入の勧誘、ストライキ破りからの第二組合の防衛、工場内にピケを設けることを決め、全繊等被申請人等の応援を得て工場内にピケを設けて争議手段としていた。偶々昭和二十九年六月十五日会社側が雇入れた下村組人夫等約二百四十名が同工場内申請組合事務所横附近の門より侵入し同所にピケを張つていた第二組合員等との間に乱闘を生じて以来会社側の第二組合切崩しに対抗するピケは微妙な様相を呈するに至つている。尚ピケの情況は左のとおりである。

(イ) 正門附近 正門附近には常時四、五十名程度のピケ要員により第一組合員に対する第二組合への加入説得等をなしているが、六月十三日以後数回に亘り正門より出入しようとした大垣工場長に対して多少の暴力を用い、これを阻止した。但し右の如き実力の行使は会社側が第二組合員の父兄に不実の事実を通信して新組合を切崩そうとしたり又は第二組合は食糧を強奪している等その他新組合を誹謗する宣伝をなしたりして第二組合を憤激せしめた場合に限つて行われたものの如くである。それは兎も角として会社役員、従業員等の自由なる交通は被申請人等のピケにより阻止される危険性は多分にうかがわれる。

(ロ) その他の個所 女子寮事務所附近、貨車引込線附近、北門及び闘争本部横附近には常時それぞれ数名ないし二十名程度の要員によるピケが設けられている他作業場出入口附近には移動ピケを配している。六月十一日には食堂出入口附近において数百名を以てスクラムによるピケを張り実力を以て第一組合員の工場立入を阻止した。会社は第一組合員による操業を再開しようと企図しているが、その自由なる操業はピケにより阻止される危険性は多分に現存するものと認められる情況にある。

三、出荷妨害の情況

昭和二十九年六月二十四日、申請会社が同工場引込線より貨車により製品を搬出しようとした際、被申請人等はスクラムを組んで線路上に立塞がり実力により遂に出荷を停止せしめた。又同日申請会社は更にトラックにより製品を搬出しようとしたが多数の組合員が正門附近において立塞がりこれを阻止した。而してかかる妨害行為が繰返えされる危険性は多分に認められる。

四、結論

以上の事実を綜合するときは、近き将来において予測さるべき違法なる操業妨害行為の繰返えされる危険性を緊急に排除するため、申請会社大垣工場中操業に必要なる主文第一項掲記の各建物を執行吏の占有に移し、被申請人等の立入を禁止する必要性が存するものと認められる。然しながら第二組合の組合員はすべて右工場区域内の寮に起居しているものであるから作業場附近の福利施設、敷地等は従業員たる地位を失わない限り争議中と雖も当然これを使用する権利があること、正門その他におけるピケはそれが暴力行為にわたらざる限り争議破りを防止し、団結を固くするため正当なる争議行為であり、前記の如く多少の暴力を用いたのは概ね会社側の誘発による場合が多いものと判断せられること、及び会社のなしたロックアウトは本件の如く従業員が工場内に起居している場合にはむしろ作業場のみに対する立入を禁止したものであつてそれ以外の部分には及ばないものと解すべきこと、並に前記各建物以外の部分についてまで立入を禁止することは被申請人等のピケを全面的に排除するに等しい結果を招来すること等の事情を考慮し、争議の現段階においては前記各建物以外についてはこれを執行吏の占有に移し、被申請人等の立入を禁止する必要性はこれを認めず、唯前記認定の如き正門におけるピケ及び出荷妨害における各逸脱行為に対してかかる違法なる妨害行為を繰返えさざるよう命ずるに止めた。

以上の理由により申請人の本件仮処分申請を主文表示の程度で許容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条第一項本文を適用して主文のとおり決定する。

(岐阜地方――裁判官 奥村義雄、小淵連、佐々木史朗)

(別紙省略)

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